「米ドルが使われなくなる日」
From:ジム・リカーズ
2023年8月22日、今日から約2.5カ月後には、1971年以来金融史上最も重要な進展が発表されるだろう。新しい国際通貨が登場する予定だ。
この新通貨は、米ドルの世界的な地位をチャレンジし、決済通貨・基軸通貨としての米ドルを置き換える程の潜在力を持つものである。
そしてわずか数年で、米ドルを主役の座から下ろす可能性を秘めている。
この様なイベントは前例がなく、世界はこの地政学的な衝撃に対応する準備ができていない。この「通貨ショック」はBRICS国によってもたらされるのだ。BRICSとは、ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの頭文字を並べたもので、2006年に結成された。
BRICSが世界準備通貨の地位を獲得すれば、世界貿易、海外直接投資、投資家のポートフォリオに大きな影響を与えるだろう。
BRICSシステムの発展における最も重要な進展の一つは、加盟国リストの拡大がある。拡大した組織にはBRICS+という名称が非公式に採用された。
現在、正式に加盟を申請しているのは8カ国で、他に17カ国が加盟に関心を示している。
正式に申請した8カ国は: アルジェリア、アルゼンチン、バーレーン、エジプト、インドネシア、イラン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦である。
関心を示している17カ国は以下の通り: アフガニスタン、バングラデシュ、ベラルーシ、カザフスタン、メキシコ、ニカラグア、ナイジェリア、パキスタン、セネガル、スーダン、シリア、タイ、チュニジア、トルコ、ウルグアイ、ベネズエラ、ジンバブエ。
欧米の覇権主義に取 っ て 代 わ る「 B R I C S 」
この拡張リストには、今後のBRICS会議の参加者数が単純に増える以上の意味がある。中国、インド、ブラジル、ロシアの4カ国は、地球上で最も人口の多い9カ国のうちの4カ国。合計で32億人、地球上の人口のおよそ40%を占めている。
中国、インド、ブラジル、ロシア、サウジアラビアのGDPは合計29兆ドル。世界の名目GDPの28%に相当する。
購買力平価でGDPを測ると、BRICSのシェアは54%以上。ロシアと中国は、世界3大核兵器のうちの2つを保有している(もう一つのトップは米国)。
サウジアラビアとロシアが共にメンバーであれば、世界の三大石油生産国のうちの2国が一つのテント下にあることになる(3つ目は米国)。
ロシア、中国、ブラジル、インドの国土面積は4カ国とも世界7大国の中に含まれている。これは地球の乾燥地表の30%を占め、それに関連する天然資源を有することを意味する。
世界の小麦と米の生産量の50%近く、世界の金埋蔵量の16%がBRICS国にある。
人口、国土、エネルギー生産量、GDP、食糧生産高、核兵器数など、どの指標から見てもBRICSは単なる多国籍討論会にとどまらない。
欧米の覇権主義に代わる実質的で信頼できる存在である。BRICSは共に行動することで、新しい多極化、あるいは二極化した世界の一つの極となるのだ。
BRICSは、加盟国を直接結ぶBRICSケーブルという名称の光ファイバーの海底通信システムを開発している。BRICS国専用のケーブルを引いた目的のひとつは、米国国家安全保障局によるスパイ行為を阻止することにある。
8月に新通貨が発表されたとき、その通貨は何もない場所に落ちるわけではない。資本と通信の洗練されたネットワークの中で生まれるのだ。
このネットワークが新通貨の成功の可能性を大きく広げている。
脱ドル化の波
BRICS国はなぜわざわざドルから離れようとしているのか? その答えは少なからず、米国がBRICS国に対して何度もドルを武器化したことが挙げられる。
2007年から2014年にかけて私は,財務省、国防総省、情報機関の関係者には、ドル制裁の過剰適用や乱用は結果的にはドルの放棄につながる、と何度も警告してきた。
ドル制裁の過剰使用や乱用は、敵対国が制裁の 影響を避けるためにドルを放棄することにつながる。それは制裁の効力の希薄化、米国に課される予期せぬコスト、そして最終的にはドルそのもの への信頼の崩壊につながるだろう。
私は 2007 年 から 2014 年まで何度も、財務省、国防総省、情報機関の米国政府高官にそう警告したが、それらはほとんど無視されたのだ。今、我々はこの予測の第一段階と第二段階に達し、第三段階に危うく近づいている。
米国は長年にわたり、イランのような国に対して数々の制裁を実施してきた。しかし、米国とその同盟国が昨年ロシアの特殊軍事作戦に対して行った制裁は、前例のない範囲と深刻さで金融・経済制裁を課した。
この極端な施しを目の当たりにした国々は,アメリカの逆鱗に触れれば、次は自分たちの番かもしれない、と考える様になった。ドル建てのシステムから完全に手を引いて回避したい欲求が急速に高まった。
この欲求はロシアなどの現在のターゲットに限らず、中国、イラン、トルコ、サウジアラビア、アルゼンチン、その他多くの国々を含む潜在的ターゲットに共有されている。
BRICS通貨の登場は、世界中のドル取引決済や、準備金の脱ドル化を発展させるための現実的な取り組みなのである。
私は何年も前から、ドルは今後も暫くは世界の準備通貨であり続けるだろう、と主張してきた。
しかしこの新通貨は、ドルの立場の終焉を大きく加速させる可能性を作ったのだ。以前考えていたよりずっと早く起こる可能性がある。
世界通貨制度に迫る衝撃
国際貿易の決済手段としてドルを使う常識から脱却したい、と言う動きは新しいものではない。しかし今は状況が変わって、脱ドル化が現実化する時代が迫ってきている。
ドバイと中国の間では、ドバイからの石油輸出代金は中国人民元で支払われるという協定に合意 した。ドバイは中国から半導体や製造品を輸入する際、人民元で支払うことができるようになる。現金は通常通り、銀行を介してユーロや他の通貨に替えることもできる。
サウジアラビアと中国の間では、石油代金を人民元で受ける議論が進んでいる。だが、最終的な取り決めまでは至っていない。サウジアラビアが長年米国とペトロダラー協定を結んでいることがこの議論を複雑にしている。
中国とブラジルは最近、相手国の通貨で貿易を行う2国間通貨取引に合意した。米国は今までブラジルの最大の貿易相手国であったが、その座を中国に奪われたのだ。
中国とロシアの間では、お互い共通に持つ「対米感」が2国間の関係を強化している。2国間の貿易において、ロシアは中国の輸出品をルーブルで購入。中国はロシアのエネルギー、戦略的貴金属類や兵器システムに対して人民元で支払いをする。
しかし、こうした局所的な通貨協定は、まもなく発表が期待されている新通貨に置き換えられることになる。通貨は、メンバー間の貿易で扱われている、石油、小麦、銅、などを含む商品バスケットに固定された通貨になる意向で開発が始まった。
BRICSのワーキングチームによると、この商品バスケット評価手法は複雑で、1944年のブレトン・ウッズ会議の際にジョン・メイナード・ケインズが遭遇した問題と似ていることを明らかにした。ケインズは当事、「バンコール」と呼ばれる世界通貨を定義する際、BRICSと同等の商品バスケットのアプローチを提案した。
しかし問題は、世界各地の商品には完璧な互換性がないことだ。例えば原油だけを見ても粘度や硫黄分などの性質によって70種類以上のグレードがある。この一つ一つのグレードをどのように 表現するかが問題となる。
ケインズは最終的には、商品バスケットは諦め、金という単一商品の方が通貨を固定する目的に適していると考えたのだ。
このような歴史的背景や、商品バスケットを用 いることの非現実性に基づいて、BRICS+の新通貨はおそらく「金の重さ」に連動する可能性が高いと見られている。ロシアと中国は、世界最大の金産出国だ。金準備高は100カ国のうちそれぞれ6位と7位の地位にあるため、金連動の通貨は両国にとって強力な味方になる。
新しいBRICS通貨は、日常的な取引で使用される「貨幣」という形では我々の前に現れないであろう。BRICS通貨は恐らく、新金融機関が管理する許可制の台帳上で、暗号化されたデジタル通貨となる ( この場合のデジタルデータは分散化されていなく、ブロックチェーン上の管理もない。承認ベースの許可が必要だが一連の情報が非公開のため、暗号資産とは呼べない)。
ドルの時代は 終焉を迎えるのか?
以上のような背景から、「準備通貨としてのドルの終焉」が議論されることが多い。しかしこの様なコメントは、国際通貨・金融システムへの理解の浅さが反映されている。大きな誤解の原因として挙げられるのは、決済通貨と準備通貨に対する理解が曖昧になっていることだ。
決済通貨は、財・サービスの貿易に使われる通貨のことを指す。各国好きな決済通貨で取引することができ、それがドルである必要はない。
一方、準備通貨は全く別のものだ。準備通貨は、貿易黒字によって生じた国家の黒字が示す預貯金のことを指す。これらの残高は、一般的に通貨ではなく、有価証券の形で各国が保有している。
「ドルは主要な準備通貨だ」、とは、複数の国がドル建ての証券で国の準備金を保有していると言うことだ。 世界の準備資産の6 割は、ドル建ての米国債である。つまり、準備資産はドル貨幣としてではなく、有価証券として保有されているのだ。
信用された通貨に建てられた国債の世界市場なくして準備通貨にはなれない。規模、満期商品の多様性、流動性、決済、デリバティブ、その他必要な機能において、米国債市場に匹敵する商品ラインアップを提供できる市場は他にはない。
しかし、ここからの話が面白くなる。なぜドルは今まで考えられていたより早期に主要準備通貨としての地位を失う可能性を持つ様になったか。
ドル以外の「準備通貨」が 成立する唯一のシナリオ
前にも述べたが、どの国の国債市場も、量、満期商品の多様性、インフラ、法治の面で米国債市場には及ばない。そのため、国債を準備通貨として商品化できる体制を期待するのは難しい。しかし、BRICS通貨は、国債市場の常識を飛び越え、世界舞台で既存の国債準備通貨に対抗できるだけの潜在力を持っている。 流動性にも深さにも富んだ債券市場を、ほとんど何もないところから築き上げる可能性を秘めているのだ。
このシナリオを実現する際に重要なのは、20カ国以上で一気にBRICS通貨の国債市場を確立することだ。各国の個人投資家に債券を買ってもらって市場参加を奨励し、市場構築に勢いをつける。
このシナリオではBRICSの国債は、銀行、郵便局やその他小売店を通して購入できる様にする。投資家は BRICS通貨で商品を指名できるが、 市場に基づいた為替レートを用いて自国通貨で購入することができる。
BRICS通貨が金に裏打ちされている場合、ブラジルやアルゼンチンのようなインフレやデフォルトを起こしやすい国の現地通貨と比べて安定した資金貯蔵手段となる。
中国人は、海外市場への参加が禁止されているため、不動産や国内株式に過剰投資している。彼らにとってBRICS内で他国において投資ができる様になるのは喜ばれるだろう。
このような市場が機関投資家にアピールするには時間がかかるだろう。しかし人口の多いインド、中国、ブラジル、ロシアにおいて、BRICS通貨建ての金融商品への個人投資が同時に行われたとしよう。莫大な人数の個人投資家が取引に参加することになる。そうなればBRICS通貨の世界貿易で生じる余剰を充分に吸収することができる規模の取引が行われることになるだろう。
つまり、即席の基軸通貨を作るには、自国民を買い手とする即席債券市場を作れる環境を整えることが重要なのである。
米国は1917年に同じような政策を実施した。1790年から1917年まで、米国の債券市場は職業投資家だけが取引できて、小売市場は存在しなかった。第一次世界大戦中、ウッドロー・ウィルソン大統領が戦争資金調達のためにリバティボンドを認可して国民に国債を公開したことによって、その状況は一変した。
債券が発行された当時、主要都市では債券集会やパレードが開催され、国民として自由公債を買うことが愛国心の象徴だと思われた。この国債普及の宣伝の努力は実り、資金は集まり、金融界の体制を一変させることになったのだ。アメリカ人が個人投資家として株式や債券を購入するのはこの時代から始まったことである。
BRICSが一種の自由公債的な愛国心モデルを用いたなら、BRICS通貨建ての国債を国際的な準備通貨として成立させることは充分に可能であろう。
まずは金建ての新通貨の導入から始めて、決済 通貨として急速に普及させる。その後、準備通貨 として段階的な利用を始める。
何年もの開発を経て、この新しい通貨は 2023 年 8 月 22 日、デビューする。直接の参加者を除けば、世界はこの新通貨開発の進捗状況をあまり気に止めている様子がない。しかし、恐らく導入後数週間のうちに国際通貨システムが大混乱に陥ることが予想される。
〜編集部より〜
現在、ジム・リカーズさんが行った最新の調査結果を公開しています。