【分析】プーチンは戦争を望んでいなかった
From:ジム・リカーズ
地政学は世界経済の先行きを占う上で大きな役割を果たす。しかし、より重要なのは、今日、私たちは「地経学」を通して世界を見なければならないということだ。
「地経学」とは何か。
これは地政学(geopolitics)と経済学(economics)の合成語である。これらの2つの学問が密接に関わっていると聞いても驚きはないかもしれない。
戦争は地政学的なものであり、主に経済力によって勝敗が決まることが多い。経済学と世界戦略は常に絡み合ってきたのだ。
今までと異なるのは、経済学が地政学の単なる付属物ではなく、今やメインになっているということである。
これは、戦争が終わったとか、軍事的な強さがもはや重要でないという意味ではない。グローバル化時代の大国は、経済的な損得勘定に基づいて計算し、経済策を主要な兵器の1つとして使用するということである。
経済施策という兵器
このような変化を、戦略思想家のエドワード・N・ラットワック氏は、「グローバリゼーション新時代の幕開け」と表現している。
世界的な冷戦が終わり、グローバリゼーションが進んだ現代…大国にとって武力衝突はあまりにもコストがかかり過ぎる上、不確性が高い。経済的な合理に見合わないのだ。
武器の火力→資本力
軍事技術の進歩→産業イノベーション
駐屯地や基地の建設→市場の創造
このように軍事から経済へと世界の関心が移り変わってきたことは火を見るよりも明らかである。
重商主義は常に戦争の奴隷であった。しかし、新しい「地球経済」時代には、「紛争の原因だけでなく、手段も経済的でなければならない 」とラットワック氏は分析している。
ラットワックの分析は、米国、中国、ロシア、日本、EU加盟国、カナダやオーストラリアを含む英連邦諸国などの大国に当てはまっていた。一方、イスラエル、イラン、イラク、パキスタン、北朝鮮などの中堅国家は、戦争がまだ有益であると捉えるかもしれないことを認識していたのだ。
「戦争は時代遅れではないが、大国同士が直接対決することはない」というのがラットワック氏の主張だ。ただし、今や戦争は大国同士の直接対決ではなく、小国を巻き込んだ介入や戦争もあり得るということである。
・ウクライナにおけるロシアの役割
・台湾に対する中国の脅威
「地経学」は、現在起こっているこれら、2つの戦争を分析するのに極めて優れた手法だ。
プーチンは戦争を望んでいなかった
このようなメディアの主張は完全に誤りである。プーチンは20年以上前からウクライナで優位に立たないよう欧米に警告していた。プーチンはNATOの拡張には従順だったが、リトアニア、ウクライナ、ジョージアには常に一線を引いていたのだ。
2004年、NATOはリトアニアの加盟を認めたが、プーチンにとっては不可抗力であった。2008年のウクライナのNATO加盟合意も同様だ。
プーチンはウクライナの中立的な緩衝国という立ち位置を望んでいた。しかし、ヨーロッパ諸国はプーチンを意に介さなかったのである。
そして、およそ13年経った今起こしたプーチンの反撃がウクライナ戦争の引き金なのだ。では、一体なぜウクライナはロシアにとってそれほど重要なのだろうか?
地図を見れば、ウクライナのNATO加盟はモスクワにとって存立の危機をもたらすことになる。北はエストニアから南はウクライナまで、モスクワを北、西、南から包囲する「C」の字を描いている。
ウクライナの一部はモスクワの東側に位置しており、西側からの攻撃を受ける可能性がある。これは13世紀のチンギス・ハンのモンゴル帝国以来のことである。ウクライナが中立でなくなれば、プーチンは少なくとも東半分を、必要であれば力づくで支配しなければならない。
しかし、ウクライナを征服することは、プーチンの主要な目標ではなかった。もちろん今もそうでない。
彼がずっと望んでいたのは、
・ウクライナのNATO加盟の撤回
・ウクライナ政府の中立性
・ロシアからバルト海下のドイツへの天然ガスパイプライン「ノルドストリーム2」の完全運用(残念ながら米国によって爆破された)
であった。
もしプーチンが交渉によってそのすべて、あるいはほとんどを手に入れることができていれば、ウクライナに侵攻する理由は微塵もなかった。
ロシアはほぼ無傷。どころか利益を…
まさにラットワックの分析通りである。主権国家(ロシアと米国)の目的は商業的(西ヨーロッパのロシア天然ガスへの依存)であり、ツールも商業的(パイプライン)であったのである。軍事のウラには経済が存在するのだ。
米国は、ウクライナに侵攻したロシアに対して厳しい経済制裁を課している。しかし、この制裁は、戦前に私が予測したように、ロシアにはほとんど影響を及ぼしていない。2014年のクリミア併合後にロシアへ課した制裁が全く意味を持たなかったように…
戦前、ロシアはすでに埋蔵金の20%以上をモスクワに保管されている金塊の現物に移していた。直近10年間の増加量としては世界1位だ。この金は現在の市場価格で約1,400億ドルの価値がある。金はデジタルではなく現物なので、ハッキングや凍結、押収などのリスクはゼロだ。
重要なのは、米国の制裁がロシアの石油や天然ガスの輸出に全くの影響を与えていないことだ。ロシアは世界で生産される石油の約10%を供給している。ロシアの石油販売に制裁を加えることは、経済的に不可能なのだ。
ウクライナでの直接的な武力衝突はウクライナをただ消耗させることになる。一方、エネルギー価格は上昇し、ロシアはその恩恵を受けることになるだろう。敗者はウクライナと世界中のエネルギー消費者である。
そして、もう1つの注目すべきポイントは中国による台湾侵攻の可能性である。これは起こりうるだろうか?
米国が台湾を支援しない場合、中国が戦争によって利益を得る可能性はある。しかし、中国が取るリスクは高く、コストは高すぎる。
中国は台湾を侵略するか?
グローバル化されていない世界では、中国はすでに台湾を攻撃しているかもしれない。しかし、ポスト・グローバリゼーションの世界では、中国は軍事的な行動を控える一方で、技術、天然資源、付加価値の高い製造業において進歩を続けるだろう。そのためには、米国やヨーロッパと対立するのではなく、協力する必要がある。
私は、中国が台湾侵略をする可能性は低いと見ている。その一方で、習近平は西側諸国への威嚇と経済的な対立を続けるだろう。
この不安定な対立から、投資家は次のような7つの動向を念頭に置く必要がある。
米国と中国は経済的に切り離され続ける
サプライチェーンの混乱はさらに悪化する
オンショア化と輸送レーンの短縮化を伴う新たなサプライチェーンが出現する
中国の成長は遅れ技術的飛躍を遂げることができなくなる
債務が膨張し、中国は高齢化と低生産性に苦しむことになる
中国の経済問題はエネルギー需要を維持し、エネルギー価格の底上げにつながる
中国の労働力人口が減少し、製造コストが上昇する
投資家は、中国の金融危機が世界的な資本市場の崩壊に波及し、2008年のリーマン・ショックや2020年のコロナ・ショックよりも深刻な事態になることを否定すべきではないだろう。
ここからさらなるインフレ・金利上昇が続くかもしれない。しかし、1つだけ確かなことがある。どんなに世界の動向が不確実でも、金にとっては全てプラスに働くということだ。(ロシアが金を大量に保有しているのはそのためである)金を保有している投資家は全てのニュースを朗報だと捉えることができる。
P.S.
著者のジム・リカーズについては、こちらで詳しくお伝えしている。
P.P.S
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